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昭和は遠くに*芋掘り・紙芝居・ポン菓子・ロバのパン屋


2013/02/22/02:00(金)
今は石油ストーブをガンガン焚いています。これには 換気が必要
です。その換気も外気をどんどん入れても大丈夫かな・・・


と思いながら行っております。例の中国からの飛来物困りましたね。



私はこのストーブの上にアルミホイルでくるんだサツマイモを
乗せて焼き芋を楽しんでおります。


この、お芋さんをくるむ度に子供の頃にお百姓さんが収穫を終えた
畑に近所のこども達が大勢で芋掘り大会をした事を思い出します。
「楽しかったなぁ~」


お百姓さんも大人達も見ていても
だぁーれも怒りません。


私の地域では公然の御許しがあった
様で子供達はその時期を
待っていました。


みんなスコップ片手に必死に掘りました。


ヤミクモに掘ってもダメなんです。チョット掘って根っこが
見つかるとそれを頼りに掘り進めます。時には思わぬ大物がゲット
出来る事もあるんです。大きな お芋を掘り当てたら鼻高々です。



娯楽の少なかったその頃の子供には楽しいイベントでした。
畑で遊んでいる内に「カチ・カチ・カチ」とどこからか拍子木を
打つ音が・・・紙芝居のおっちゃんです。


子供達は収穫した「お芋さん」を持って・・・兎に角引き揚げます。
「芋」ではありません。「お芋さん」なんです。このニュアンス
御若い方 解って頂けるでしょうか?



急いで手を洗って小銭にを持って紙芝居をやる広場に集まります。
おっちゃんから、水飴を買って二本の棒の先の水飴をコネクリ
ながら、舐めながら紙芝居のおっちゃん の名調子に惹きこまれます。



そうこうするうちにレコードの音楽が聞こえます。
「ポン菓子屋」さんです。私の近くに来る ポン菓子屋さんは
商売上手でした。


当時家庭での普及はまだ珍しかった手動の蓄音機を持参して
童謡を流します。自分が来た合図です。


子供達も大人も生米を持参して「ポン菓子」に加工して貰い
ます。子供達はポン菓子の機械を取り囲んで息を飲んで待ちます。


やがて、ポン菓子屋さんは長四角の金網のカゴをセットします
砂糖の調味液を どこかに注入!あたりは甘い香りが漂います。


程なく「ボンッ!」と大きな爆音が響きます。
細長いカゴにポン菓子がなだれ込みます。みんなは
「うわっ!」と歓声を上げます。


調味液を入れるタイミングはチョットあやふやです。
「ボン!」と言う前だったか・・・後だったかは良く思い出せません。



また ある日はこれも独特な歌を「ポンカ♪ポンカ♪ポンカ♪」と
スピーカーで鳴らしながらロバに陳列ケースの箱を引かせて
パン屋さんがやって来ます。ロバのパン屋さんです。


これはかなり私が大きくなるまで有りましたから御存じの方も
多いだろうと思います。今の時代では、食品衛生の上からも許可
も認められないと思います。



そうそう、オマケにもう一つマダ カメラ等は一般家庭には
普及していませんでした から、何ヶ月かの間隔で
写真を撮りに来てくれました。


私の小5位までの写真はこの巡回写真屋さんが映してくれた物
ばかりでした。因みにこの写真屋さんは 私の中学のクラブの
先輩のお父さんが営む写真屋さんでした。


これは私が中学生になってから解った事でした。



こんなつまらない話題ですが・・・この頃(昭和23年頃~30年代)
の庶民の日常を知っているブロガーさん人口は極めて少数だと
思いまして半ば使命感を持って綴ってみました。


長々御付き合いありがとうございました。




ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
御訪問ありがとうございました

ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ

2013/02/22/02:00(金)

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幼い日の養父からの忘れられない体罰の想い出


2013/01/19/01:08(土)
ここ暫らくは自分の生立ちネタに封印をしてきたのですが・・・
体罰に付いて最近ニュースで騒がれていますね~今日話す体罰とは
全く体罰の種類が違うのですが・・・体罰であったと言う事は同じです。

しかし大阪市立桜宮高校の事件は体罰を越えて暴力事件です。
私は教育を逸脱した犯罪だと思っています。

橋下市長の発信した見解にはウーンと思う部分もあるし、これまで
通りの対処方法では全国にはびこる同様の体育系部活の体罰を正す
のは容易ではないな~と言う思いも交差しています。

今日の話題は私が養父から体罰に逢った話しです。現代の台所設備
とは想像出来ないと思います・・・まだ私の小学校5年生の頃でした。
今から約58年前の事です。


何時も話していましたがもう私はこの頃はすでに主婦でした。
共働き家庭でしたから かなりの家事は私の担当でした。
本当に信じられないでしょうが実話で~す!


私の愛読書は「主婦と生活」 料理の先生は八百屋のおばちゃん と
魚屋の おっちゃん でした。


何時もの様にタンスの上に
置かれたオカズ代を握って


魚屋に行きました。
おっちゃんは


「ぽぽちゃん 今日は
糸よりが エエでぇ~」
と言ってくれました。


一人一匹付けに良い大きさでした。「ほな、おっちゃん3匹な・・・」
注文したら・・・「ぽぽちゃんはエライなぁ~」と言いながら煮付け用
に魚を処理してくれました。


帰りに八百屋に寄って副材を調達して急いで帰宅しました。
まだガスは通っていません。マズ御釜にお米を研いでおきます。


手早く七輪コンロに炭火を起こしました。
私はコンロに火を起こす名人でしたよ~ 火が起こる間に副材の
用意です。小5にして同時進行も出来ました・・・(自慢)(*^^)v


魚の煮付けの煮汁を用意・・・おひたし用の野菜を洗う・・・水道ナシ
井戸から水を汲む・・・そうこうしている内に釜戸に火を入れる
薪を放りこんで水加減したごはんの御釜を釜戸に掛ける・・・



七輪コンロは良い具合に
カンカンと炭火が起こって
います


用意した煮魚用の煮汁の
入った鍋をコンロに掛ける
・・・


火加減調節をして
ころあいを見て魚を鍋にそろりといれる・・・



御飯の釜戸の火加減を見る・・・
「始めチョロチョロ・中パッパ・赤子泣いてもフタ取るな~」


これは昔からの釜戸で御飯を炊く時の火加減のお約束事・・・
そうしてその他 諸々の雑用・・・


絶妙の進行具合でした・・・と その時 何か匂いが・・・
「ハッとしました・・・」何と言う事でしょう・・・


煮魚が・・・焦げているぅ・・・(>_<)


始めての大ミスでした・・・「ぽぽちゃんとした事が・・・」


「どうしよう」と思って困っていたら・・・そこへ養父が帰って
来ました・・・焦がした魚の鍋を見るやいなや・・・


大声で「集中してやっていないからや・・・」と怒鳴られると同時に
背中を「ドン!」と思い切り 叩かれました。


一瞬、息が止まりそうになりました。涙も出ませんでした。



それでも手を休める事は出来ません。釜戸の火を落とすタイミング
です。おひたし も 造らなければなりません。他の一品も・・・


用事をしながら私は心の中で
「この、くそ親父、この事は一生忘れへんで・・・」

叫んでいました。


魚は焦げくさいでしたが、何とか食べられました。


本当に、58年経った今も忘れられませんでした。



こんな事でも子供の心に体罰は傷を付けるんです。
私の場合は特殊な境遇だったからかも知れませんが・・・



「ゴメンお父さん(養父)・・・この事は 絶対言わない と
思っていたのにとうとう言ってしもうたわ~


だって体罰の話題で思い出してしもうてんもん・・・(T_T)」


今、養父が生きていたなら114歳です。享年70才でした。


2013/01/19/01:08(土)


ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
御訪問ありがとうございました

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小4の時の教頭の忘れられない心無い言葉!


2012/09/29/23:25(土)

今日の読売の朝刊の社会欄に [子供を守るべき教師がいじめを助長
したとの 体験談が 複数寄せられている]
との書き出し

からはじまる記事を目にしました。
3例ほど書かれていました。


教師がいじめられて良く泣く子の歌の 替え歌をからかう
内容で造り 泣くのは かまってほしいからと・・・

「無視・無視」と教師公認でクラスメイト
の無視をあおり 替え歌は
1年間歌われたとか・・・


又 他にいじめている生徒が英語の教師に「妖怪と言うのは
英語でどう言うのか?」尋ねたら、イジメられている

女生徒が「それは私の事だ」との抗議
にも耳を貸さずに


「面白い質問だ」と言って英単語を教えた・・・いじめている
男子生徒は「妖怪を見るのは不愉快だ」と英文を

造ると教師は 褒めた と言うとんでもない
話し・・・まだ他にも事例は
ありましたが


この様な体験談を 寄せているのは今は30歳を越した方達です。
この方達は幸いにもイジメを乗り切った人達です。





私にも小4の頃イヤな記憶が
あります。朝の全校の
朝礼の時、


教頭先生が朝礼台に・・・
前後の話しの内容は
記憶がありません。



教頭は「みんなの家でネズミが出る人?」と聞きました。
しばらく生徒のみんなは沈黙です・・・

私はその頃は背が高かったので
最後尾に立っていました。


私は 馬鹿正直者です。私一人だけが手を挙げました。私の記事に
よく出て来る、叱られた時によく放りこまれた倉庫に
確かにネズミが出ました。


ミンナの視線は私一人に集中です。教頭は

「ネズミが出るのは家が不潔だから出るのです・・・」

と言いました。私 唖然・・・


まだ戦後9年です。住宅事情もそんなに良くない
時代です。私、子供心にも

(何言うねん!正直に手を
      上げた者に恥をかかせて~)


と、スゴーク腹が立ちました。教頭は何を言う目的で
そんな質問をしたのかは思い出せません。

しかし、この事は57年経った
今も傷になって残って
います。


教頭の顔もシッカリ覚えています。


でも、教室に帰ってから私の事を笑ったり、ハヤシ立てたりは誰も
しませんでした。だって、私をハヤシ立てたりすると

反対に私にヤラレルのは誰もが
知っていますから・・・ ^^

ワタシ イジメッコ デハ アリマセン



それに、その当時どこの家にもネズミが出るのは普通でした。
キットみんな複雑な思いだったのでしょう・・・


本当に最低な教頭でした・・・でも、4・5・6年の担任は
尊敬出来るとても良い先生に恵まれました。
大好きでした。


2012/09/29/23:25(土)


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幼い私を かばってくれた「 おばちゃん」の胸の匂い 


2012/09/19/23:30(水)

京都から満4歳で養女にもらわれて大阪の子になった私・・・今から
思うに、なかなか自我の強い子供であったと思います。一見静かで
大人しい子供でした。


しかし養父母は 子供を育てるのは4歳になった私が始めての経験
です さぞかし試行錯誤の毎日だっただろうと思います。


養父母 夫婦自体、2人共キャラの強い この上ない自我の強い
夫婦です。子供の扱いが解らない養父母には


望んだ事とは言え 事の成り行きで自我の強い人間3人が
にわか家族になったのですから大変な事だったでしょう。
まだ戦後間も無い時代でした。



何か養父母の気にそぐわない事が有ったら目玉が飛び出るくらい
に叱られました。私は 4・5歳で すでにナカナカの一本気・・・


納得行かない事には、泣きません、謝りません、強情です。可愛い
子供ではありません。そんな時は 有無をも言わさず養父は私を
小脇に抱え暗い倉庫にぶち込みました。


倉庫の中は大きな漬け物樽や炭俵・薪
などが入っていました。


暗さと独特の匂いが、恐怖と 悲しさ と
怒り が私を包みました。



私の泣き声と叫び声を聞きつけてパタパタパタと足音が聞こえます
いつも助けてくれる おばちゃん です。


「★★はん・・・もうポポちゃんをカンニンしたっとくなはれ」と
大声で言いながら、倉庫の掛け金をはずして私を助けてくれます。


おばちゃんは自分の家へ私を連れて行き私を胸にギューッと抱いて
くれます。そうして「ぽぽちゃん、何で怒られたんや?」と聞いて
くれます。 おばちゃんは 一人暮らしでした。


私は始めておばちゃんの胸で
オイオイと泣きじゃくります。
そうして訳をはなします。


「そうか・そうか」と言って・・・
「そこは ぽぽちゃんが 悪いなー」


と私によくわかる様に言い
聞かせてくれます。


「お父さんに謝るんやで・・・」と言って 温かい砂糖湯を飲ませて
くれました。しばらくしてから私の手を引いて家まで連れて
帰ってくれました。



おばちゃんは その頃 すでに50歳を過ぎた歳でした。私が小六
の時に引越しをしたのでソレッキリ逢う機会はありませんでした。


もう存命の訳もなく・・・もう一度逢いたかったなぁ~と何故か
おばちゃんが ギューッと抱きしめてくれた 何とも言えない
フワーッとした胸の匂いと


温かい砂糖湯の味が思い出された初秋の夜でした・・・


2012/09/19/23:30(水)


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プロフィール

ぽぽ

Author:ぽぽ
❅❆❄❅❆❄❅❆❄
1943年生れの
 戦争遺児の私です。

満4歳で京都から母の
従姉妹夫婦の養女に出さ
れ大阪の子になりました。
子供の時からマケジ魂で
  生きて来ました。

41年間 寿司と仕出しの店を
営業・調理士もしていました
2010年に卒業致しました。

2012年12月31日まで
たんぽぽ娘と名乗っていま
したが「綿毛たんぽぽ」になる
時期が来ました2013年より
新しい芽吹きを目指します。 

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