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元 献立請負人は追詰められて妙案!ブログネタ切れ時と酷似


2013/03/15/00:08(金)

私は現役時の40年以上 仕出し料理の献立は私の担当でした。
以前にも似た内容の記事を書いた事もありました。


今日の私の脳裏には何故か
「追詰められて」のキーワード
がヨギリました。


そうなると私をいつも追詰め、
もがいた 献立創り を
思い起こします。


御祝い事の御料理は比較的
楽なんです。しかし ご葬儀の
注文は 頭を悩ませます。


今時は専門業者の会館や家族葬とやらで私達
の出番は恐らく少ないでしょう。


葬儀は私の土地では地元のお宅は御自宅で行われました。



通夜から初七日までの約3日間 友引きが挟まると
4日間 のお食事の担当を 御請けしました。
初七日は最終日に繰り上げて御勤めされます。


多くの地元のお宅は御隠居さん御夫妻からその
次の代へと御愛顧が続いていました。
しかもその御近所は殆んど親戚です。


勿論ライバル店もありましたが地元のシェアは
85%以上だったと自負しております。
御客様は殆んどリピーターです。


その上、お寺や 氏神様の 役員の集まりや 自治会
婦人会その他 色々です。
みんな 縦 横繋がっています。


と、言う事は召し上がって頂けるメンバーが何人も
重なるんです。イザ 「御不幸」が出来たと言うと
御用聞きは私を御指名です。



御客様と念入りな打ち合わせが済むと今まで
書き貯めた献立表とニラメッコで格闘です。


最近そのお宅へ配達した祝い事も含めて
の献立との比較です。趣向は替えなければなりません。


もう、頭は拷問を受けている状況に近いです。
御客様が毎回入れ変わるのなら これほどの苦労は有りません。


なかなか決められません。主人や従業員も「マダかマダか」と
せかせます。まず器の指示を待っているのです。



2階の食器庫からリフトで厨房に取り揃え 再洗浄しなければ
ならないからです。


御客様のお好みと旬の食材と作業効率、原価計算と見栄え
を合わせて考えます。



葬儀の時は同じお宅へ約6回の料理を運びます。
どちらのお宅も格式を重んじられます。


時には「あそこのお宅はいくらの御料理やった?」と
聞かれたりもします。それは絶対明かしません。従業員にも
堅く守らせておりました。店の信用にかかわります。


どれも 高額商品です。スムーズに事が時間通りに運べる責任が
我が店に重くのしかかります。そして注文数の多いお宅は
1回の会食分が100人前以上になります。


毎回 頭がしびれる程考えます。正に追詰められて・追詰められて
です。もう、呼吸困難になりそうでした。会席料理なら、八寸(前菜)
から思い付く事も・・・時には炊合せからの時も・・・


一品が決まれば・・・もうOKその一品から次々とイメージが広がり
ます。まぁ旬の食材は頭の中にありますから・・・


献立を書きながら主人に取引業者と大体の仕入値や入荷の有無の
確認と予約をしてもらいます。




調理は「煮方(ニカタ:煮物)」と「揚場(アゲバ:天婦羅)」は
私の担当、


主人の担当は 刺身と酢の物・寿司「焼方(ヤキカタ:焼き物)」と
「椀方(ワンカタ)蒸し物:吸物」です。数が多くて手に負えない時は
臨機応変に手伝い合います。


会席料理以外に幕の内やオードブル等もあります。これの献立と
デザインが もう・もう・一苦労どころか三苦労します。
細かくデザイン画を書きます。



主な部分は私と主人が盛り付けます。
他の盛り付けは 私が絵で書いた献立設計図を元に 皆10年以上の
熟練のパートさんと学生バイトさんの補助での全員プレイです。


飲食業の理想の原価率は30%台ですが私の地域ではそんな
事は通用しません。御客様の御要望の合言葉は


「★★寿司さん ふっさり とな・・・」です。
要するに食べきれない程に・・・です。


ど~んと盛らなければなりません。高級料亭の様に
上品に 盛り付けの器との「空間の美」の定義は
求められないんです。



従いまして原価率は上昇です。そんな健全な原価率
での営業では 41年間も御愛顧頂けなかったと
思います。結局、頑張った割に財は成せませんでした。


世間様は「ガッポリと儲けた」と思っておられます
とんでもない 事です。


しかし「売上はこれで1店舗の売上か・・・?」と
税務署さんも驚いて下さいました。


ホント正直者です。┓(p_-)┏



お陰様で長年の不況と人件費と子供達の教育と巣立ちで
きれいさっぱり消滅です。(+_+)


しかし悔いはなかったと思っています。私達の20歳代の頃から
の御客様は 殆んど 私達夫婦の料理で御見送りしました。


時代も変わり私達の体力と気力の限界で御客様の「よく頑張った」
とのお声を頂戴して3年前に卒業させてもらいました。


つくづく思い出せば あの 追詰められた 献立作成の 状況は
書けない時のブログのUPの時の心境と良く似ているなぁ~と
今更ながらに感じました。



最後まで読んで下さってありがとうございました。



ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
御訪問ありがとうございました

ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ

2013/03/15/00:08(金)


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怒涛の「節分丸かぶり」寿司屋物語


2013/02/04/01:38(月)

2月3日は節分でした。今は節分の丸かぶりは日本全国区になり
ました。言い方も少し御上品に「恵方巻き」と言われる様になり
ました。


私が現役で寿司屋をしていた時は「丸かぶり」と言うのが大阪では
普通でした。大阪でもこの風習が本格的に流行り始めたのは案外
新しく昭和50年以後だったと記憶しております。


御客様は「いったいこんな風習は誰が始めたんや」と口ぐちに尋ね
ました。私は冗談で「海苔屋の陰謀です」と答えていました。
そんな訳で店の前や店内に由来をかいた 大きなポスターを造りました。

このポスターは平成16年のデーターがディスクに残っていました。


このポスターはA3用紙4枚で造り横84cm×縦59、4cmの私の手作りでした。
まだこの頃はインターネットもしていなくって情報収集に苦労しました。



流行り始めてから毎年、倍々ゲームの様に売れました。何年もそんな
調子で右肩上がりでした。我が店のピーク時は3千本はうれました。
時間的に行列が出来ました。それはそれは戦場でした。


毎年全員で殆んど徹夜作業で必死でした。品質保持の為に
大変な気苦労をしました。御客様が召し上がる時がベストで
ないとイケマセン。


保温しても冷やして堅くなってもイケマセン作業方法の時間配分に
頭を使いました。現在の大企業の様に機械は使いません手作業です。
今は思い出したくもありません。


最近は大手がテレビ等で販売合戦をしていますが
私達は良い時に頑張らせてもらって良かったと
思っています。



ある年は節分と日曜日が重なりました。
「ああ、そう言えば今年も日曜日と重なったんですね~」


寿司屋仲間はこれは大変な事になるぞ・・・と勢いこんで前年度より
より大量に仕込みました。ところがこれが「大裏目」になりました。
日曜日は奥様方が御自分で造られるのです。


それに御主人が御在宅です。丸かぶりと簡単な物で済ます訳には
行きません。まだ世は好景気の真っ最中でした。出入り業者に
尋ねるとどこの店も大量に商品を残したとの事でした。


一度痛い目に合うと当然毎年のデーターを取る様になりました。


御客様は断面を見る事が出来ません。切らずに丸ごとパック詰め
にしますから中身が判りません。何種類もありましたので
説明が追いつきません。文字表示では納得されません。


そこで 考えました。実際の断面をデジカメで取って店内に
断面図写真を大きく掲載して、詳しく中身を説明した印刷物を
作りました。


その断面図写真を使った商品ラベルも制作しました。
これが、大成功でした。販売もスムーズですし、商品の渡し間違い
も改善されました。この頃は大型の業務用カラーコピー機を


備えておりました。勿論制作担当は私の仕事でした。


この商品ラベルは
平成18年の


データーがデスクに
残っていたほぼ実物大
の物です。


この他にも種類は沢山
ありました。


2本入りは2切の断面を使用しました、それぞれのラベルに
その年の恵方も書き加えました。この試みは御客様にも御好評でした。



この招福巻は主人の親方から
の伝承の物でした。


中には焼きアナゴと少し甘め
の沢庵を切ったものを錦糸玉子


で巻いて更にシャリと海苔で
巻いた物でした。沢庵と穴子は
コダワッテ仕入ました。


沢庵は良く切れる包丁で丁寧に手切りして使用しました。
機械切りの安い物では味がダメなのです。この商品が値段も手頃
でお味も自信作の一番人気でした。


昨日の節分には久し振りにシャリを炊いて巻寿司を巻きました。
何故か普通の巻寿司が食べたくなったのですが


主人は「したくない」と言いましたので、私が干瓢や高野豆腐
厚焼き卵・椎茸等も煮て三つ葉もかぶってもズルット出ない様
に小さく刻んで沢山入れました。


長女一家の分も造って持参してやりました。みんなとても
喜んでくれました。主人は2本も食べました。
何だか久しぶりにシャリを合わす匂いが体と心に沁みわたりました。



ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
御訪問ありがとうございました

ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ


2013/02/04/01:38(月)

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高齢の御客様に教えられたカボチャの煮方

2012/11/10/20:55(土)

気が付いたら更新が4日間も滞っていました。何やかやと雑用に
追われていました。これからもチョクチョクこんな事があるかも
しれません。


色々せねばならない事が出来てきました。


今日はプロの料理人が(私 ^^)80歳くらいの御客様から教わった
カボチャの煮方のお話です。


我が店も店頭にお惣菜を
並べておりました。


ある日、「ここの煮物
美味しいんやけどな・・・


この南京なぁ~醤油
入っているやろ・・・?


今度炊く時は醤油使わんと代わりに塩を使って炊いてぇ~なぁ~」
と言われます。


「この炊き方はウチ(私)の おばあさん に教えて貰ったんや~
騙されたと思って炊いてみぃ~南京の色と味が引き立つんや~


ウチはずーっとそうやったけど この歳になって炊くのも
面倒になったんや~」



と言われます。80歳の御客様の「おばあちゃん」ていったい何年
位前の話しでしょう・・・それを主人に話しました。
「そうか一回試して見ようと醤油を使わずに煮ました。」


「これ、いけるわ・・・」と言います。色も綺麗だし お味もいけます。
それ以来、店頭に並べるカボチャの煮物には醤油は使わなくなりました。


只、塩は思ったより少なめが安全です。塩は効きますよ~普通の
カボチャの大きさの半分位を煮るのにホンノ2つまみくらいです。
お味見しながら微調整をするのが良いと思います。


煮方は御家庭でそれぞれお有りだと思います。普通の煮方の調味料
の醤油が塩に変わっただけです。今更 煮方を説明する必要は無い
ですね~ 私は調味料を入れる前にサラダオイルで軽く炒めます。


勿論会席料理の炊き合わせに使うカボチャの煮方はこんな煮方では
ありません。丁寧に面とりをして、木の葉 や 扇面に細工して形くずれ
しない様、ボイルして出し汁で含め煮にします。

所で主人がすこし風邪気味でした。先日 病気をしない様に・・・
なんて記事を書いた所でしたのに・・・でも、強制的に風邪薬を飲ませて
寝かせましたから・・・もう元気になったみたいです。


昨日、「何を食べたい?」と聞くと「カボチャの炊いたんを食べたい」
と言うんです。(芋・蛸・南京)は女の専売特許でしょ?
内の主人変わっているんです・・・男なのにカボチャが好きなんです。


それでカボチャを煮ながらこんな話しが思い出されたのです。
私達は長年 調理の仕事に携わって来ましたが・・・御料理レシピの様
に材料何gに対して醤油を大匙何杯なんて言い方は出来ません。


材料の総量を目測と感覚で調味料の量が決まります。後は香りと
色具合です。そりゃお味見はしますよ・・・だいたいプロの料理人は
そんなもんです。いちいち 計っていたら間に合いません。


各々の料理人が この料理の調味料の比率は・・・と言う様な比率の
土台が頭に有っての話しではあります。



所でメインのタイトルイメージ新しくデザイン変更しました。
勿論オリジナルです。メインはしばらく飽きるまでこれを使います。


2012/11/10/20:55(土)


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私のアイデアやでぇ~「キャラクター入り注文伝票」の想い出


2012/10/26/16:10(金)

私達夫婦が営んだ寿司屋はスーパーの少しナナメ向かいにありました。
まだ景気が良い頃、要領の良い御客様は注文を先にしてから
向かいのスーパーにお買いものに行かれました。

お買いものが済んだ頃に注文した 御寿司が
出来あがっている寸法です。その頃は
次から次と注文が入ります。店内の
ベンチにも何人も御客様が
待っておられます。


どの方がどの注文をされたのか分からなくなります。その場を放れる
御客様・・・店内で動かずに待って頂く御客様・代金を払って
行かれる御客様・未収の御客様・もう、それは混乱です。

何とか良い考えは無い物か・・・と考えました。
巻寿司1本買うのにイチイチ御名前を
名乗って頂くのも・・・と考えました。
最初は複写伝票に番号を
書きいれました。


しかし注文の量や品物に依っては出来る順番が狂います。
「私の方が 先やのに・・・」の問題が浮上・・・どうした物か
と又々考えました。
       
       ハタと思い付きました。


「そうや、番号の代わりにキャラクターを使おう!」
と手作りの伝票を
マダマダ初期のバージョンのグラフィックソフトで・・・ 作成しました。

もうその時は自分でメニューの作成もしましたから街の寿司屋と
しては当時 生意気にも業務用のカラーコピー機や
レーザープリンターも備えてありました。


原稿をA3の用紙(A4の倍)に配置して15種類のキャラクターを番号の
代わりに使用です。これも大仕事です。刷り上がった用紙を切断機
で切り分けホッチキスで2枚一組の伝票に仕上げるのです。

印刷コストを抑える為に白黒印刷をしました。区別の
為に御客様にお渡しする分はカラーの
コピー用紙を使用しました。


キャラクターは十二支を基本に使いました。どれも可愛い漫画風の
グラフィックの部品を使いました「ねずみ」はラットちゃんと
名付け 「牛」は モウ助君・「虎」は とら吉君・
「兎」は ぴょん子ちゃん・
と言う様に・・・


でも蛇はキャラクターでも
苦手な方も・・・

その分はキリンさんに登場して
もらいました。十二支には無い

ゾウさん や オウムさんや
ニャンコさんにも御願いしました。

そうして何年かした時 世間を震撼
させたオウム事件が起こりました。

鳥のオウムさんには何の関係も
ないのですが・・・

「オウムさんの伝票を御持ちの
御客様・・・お待たせ致しました」
と言う訳には行きません。
                      
                     
                     (この図はかなり簡略されております。)

急きょ欠番にしました。伝票には 領収・未収 の区別や注文頂いた
時間も記入する様にしました。伝票作りは大変でしたが、店頭での
トラブルは激減しました。この作業は何年も私の ヨナベ仕事でした。


こんな伝票を業者に発注すればどれだけ費用が掛かったか
分かりません。複写記入にはカーボン紙を使いました。
これで充分でした。

「ラットちゃん」「とらお君」「めい子(羊)ちゃん」
とかでお呼びするのは大受けでした。
   


そうそう「コッコかあさん」と言うのもありました。御客様 同志
思わず、顔を見合わせ笑いが起こる事もありました。


あんな大変な作業ヨナベにようしたわ~若かったんですね~


まだ街のお寿司屋さんも商店街も元気な時代の事でした。


2012/10/26/16:10(金)


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(≧ε δ **カナダの甥を2年間預かった奮闘記 「生活:仕事編」(NO3)


2012/10/12/14:43(金)

カナダからやって来た甥は数々の手続きを経て晴れて我家の家族と
なりました。彼は日本人家庭ですから日本食が普通の為、食事は
さほど困りません。しかし日常生活にはかなりのズレが・・・


「お風呂に入りなさい」と言うと
「はい」と素直に返事をして入る
のですが・・・

5分くらいでスグに
出てきます。ええっ!
もうは入ったの?


「you体洗っているか?」と聞くと「はい」と言います。「頭は?」
「洗った・・・」と言います。「ボディシャンプー付けて?」「はい」

と言います。「ジュン日本ではそんなんはカラスの行水って
言うんやで・・・」ジュン「・・・?」「カラス知ってる?」
「知っている」「水タマリバシャバシャ」ジュンは


わかったらしくニヤッと笑いました。
「もっとゆっくり入ってhotに
なるまで入りなさいよ・・・」
「はい」と言って自分の
部屋へ入りました。


風呂上がりに、向こうから持って来たフリースのベストを素肌
に来てウロウロします。10月でしたから朝晩は冷えます。
ところが11月になってもそれをやります。


「ジュン・日本の家はカナダと違って寒いから、
何かシャツを来てベストを来なさい」と言うと
「どうも無い冬もいつもこうしてる」と言います。


「風邪ひくで・・・」とだけ言いました
がその内 自分で気付くだろうと
放って置く事にしました。



仕事の方はと言うと・・・やはり教えるのは大変です。丁度その頃、
長男が一時期 店を継ぐと言い出して店におりました。私は
継いでほしくはありませんでした。こんな苦労はもう

沢山と思っていました。それに継いでもらうと
私達はいつまでも引退出来ません。
(まぁこの話しは置いておいて)


ジュンは従兄である息子に何をするにも付いてまわります。息子は
それに困りはてていました。息子が仕事をしていると、フッと
肩に人の気配が・・・スグそばにジュンの顔が・・・息子は

もう、ノイローゼ状態です。「何とかして・・・」と
言います。どこへ行くにもピタッと影の様に


張り付いて付いて行くのです。ジュンも
仕事はしています。しかし手が空くと
息子にピタッです。仕事の
覚えはよくありません。


私は家に帰ってから「ジュン、★★に(息子)ついて回るのは止め
なさい「金魚は英語で何てゆうねん?」「ゴールデンフィッシュ」
ほんなら「ウン★?は」「シットと言う・・・」「日本では人に

付いてまわるのは金魚のフンと言うんやで・・・★★は
ひっつかれるのはイヤなんやて・・・」


ジュンはひっつくと言うより密着です。息子が包丁を使うにも危険を
感じるくらい・・・やはり 毛が3本程不足なのか?・・・とも感じました。

「ジュンはゴールデンフィッシュのシットやで・・・」★★に
クッツイテいないでもっと、アンコ(主人uncle)の言う事を
覚えなさい。板前の◆◆さんにも教えてもらいなさい。

アンテ(私)がよく御願いしてあるから・・・
ジュンは覚えは悪い方でしたが不器用
ではありませんでした。父親も日本


では板前でしたから・・・包丁を
使うのはは始めてでは
ない様でした。



只、教えると「ダディはこうした・・・と反抗もしました」そんな
時は、「ジュンは日本の仕事を習いに来たんでしょ?今は
大将の言う事を聞きなさい」と叱りました。ジュンは
そんな度、私の目を見つめ「はい」と言いました。

いろいろ問題行動も・・・これをやってごらんと
言うと「これなら出来る・・・」と言います。
出来ないとは絶対言いません。なかなか
意地っ張りな所も・・・でも、やらせて
見るとやはりダメです。


その度に教えて貰っている板前さんにも叱られていました。しかし
割と根気はありました。その内だんだん溶けこんで店のみんな
からも可愛がられる様になって来ました。上手に刻み物も


する様になりました。意地っ張りや
反抗の度に雷の落とし役は
私の役です。損な役回りです。


やがて何度も練習した巻き物の寿司も見られる様になりました。
にぎりも教えて握らせて見ました。売り物にはなりませんが、
ネタの端等で練習させました。又、他にも もちろん、下働き

の洗い物もパートさんに付いてさせました。いやがらず
一生懸命やるのでパートさんにも重宝されました。


何度も、辞書を片手に英単語を並べて
言い聞かせたり叱る事もありました。

最初の1年は何処へも一人で行けなかった
彼でしたがやがて、休日には、


電車に乗って大阪の市内まで
一人で行けるまでに成長
しました。環状線に乗って
一日グルグル回ったりも
したそうです。

やはり、この様な若者は 血縁関係でないと 普通はハジキ飛ばされ
てしまった事でしょう。「大将の甥っ子や・・・」と言うのも彼を
守ったと言うのも有っただろうと思います




1年目の8月に彼の頭の皮膚に異変が起きました。何かブツブツ
した物が出てきました。色々薬を付けましたが良くなりません
日に日に悪くなって膿の様な物も出て来ました。仕方がない

ので市民病院の皮膚科へ連れて行きました。薬を貰って
も、自分でなんとか付け様としません。これは出来ない
と言うのです。大きな赤ちゃんです。仕方なく、毎日

私が手当の役目です。一進一退でナカナカ良く治らず
何度も連れて先生に診てもらいますが・・・医者は
首をかしげるばかり・・・頭全体に広がり、
頭はグチュグチュで困りはてました。



店の厨房はガンガン冷房を効かせています。それなのにどうして?
その内涼しくなってウソの様に治り始めました。それから1年

が経過して夏がやってきました。又8月です。又・又ジュン
の頭に異変が・・・早目に病院に連れて行きましたが1年前と
同じです・・・聞く所によりますと個人差はありますが人間は

生れて3歳頃の気候に皮膚も順応する様になっているそう
です。私は、たまりかねて「ジュン・もう、カナダへ一度

帰るか?・・・」と言いました。彼も帰りたかったのか・・・
「はい」と言いました。又、色々の手続きを
して帰国して行きました。


何と、彼は約2年で150万円以上の貯金が出来て
いました。かなりの円高でしたから両親はよろこん
でおりました。まぁ、彼の 食と住は私達が保証して
おりましたから・・・



帰国してからは彼は日本仕込みと言う事でスグにレストランに
就職出来たとの事でした。それにジュンは仕事は点々とする

事なく地元のレストランに勤め続けているとの事、最初、
毛が3本程足らない子なんて言われましたが立派に

カナダでは通用する人間に育てられたんだ、と今年の
8月に早すぎる天国への旅立ちをした彼の父親にも

主人の妹にも面目が立ったと改めて胸を張る
思いをしました。  


長々お付合いありがとうございました。



2012/10/12/14:43(金)


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プロフィール

ぽぽ

Author:ぽぽ
❅❆❄❅❆❄❅❆❄
1943年生れの
 戦争遺児の私です。

満4歳で京都から母の
従姉妹夫婦の養女に出さ
れ大阪の子になりました。
子供の時からマケジ魂で
  生きて来ました。

41年間 寿司と仕出しの店を
営業・調理士もしていました
2010年に卒業致しました。

2012年12月31日まで
たんぽぽ娘と名乗っていま
したが「綿毛たんぽぽ」になる
時期が来ました2013年より
新しい芽吹きを目指します。 

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