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「明日ママがいない」の問題は何が問題なのかが問題です(-_-メ)


2014/2/28/15:30(金)

皆様コンニチワまだ冬眠から覚めないモグラ婆さんが
2月の終わりにチョコット顔を出して見ました。
モグラ叩きの様に「ポコン!」と叩かないで下さいね~



今、話題になっている
「明日ママがいない」


のドラマについて
思っている事を
書いてみました。 


私もこのドラマ第1回は見逃しました。
余りに騒がれるので今は毎週録画して
必ずみております。


私の生い立ちとも無関係とは思えないのです。


内容は実際見た時、親代わりの管理者の描き方に
「エッ!」と思ったのは事実です。



私のプロフィールにも書いて有ります通り父が戦死して母が大病
しましたので母の従妹夫婦に養女にだされました。


私も小学生の高学年の頃には良く思った物でした。この家に貰われ
るんだったら、何も関係のない施設にやられたほうが良かったのに
と何度も思った物でした。



その頃はそう言う施設の事を「孤児院」と呼んでおりました。
どんな環境だったのかは知りませんでしたが・・・私にとっては
養父母から何事にも恩にきせられるのがとても負担でした。



その頃の施設の実情を分からないままの思いでしたが・・・
薄々大変な所だと言う事は解っておりました。


しかし独立出来る年になれば束縛からは解き放たれるんだ・・・と
思っておりました。私にとっては出身がどうのこうのと言う様な
事と自分の置かれている状況を天秤にかけても精神的には


しがらみのない施設の方が「良い」と思った物でした。
養父母に対しては罰当たりの甘い考えだったのかも知れません・・・



母の従妹夫婦の養女になっても昭和30年代のことですから
結局、教育も与えられず中卒で大手家電メーカーに就職、


毎月のお給料やボーナスも封を切らず
に養父母に渡しておりました。要求されたのです。


その中から僅かなお小遣いを貰っていたのです。


21歳で主人と結婚の前後も様々な干渉に苦しみ
心は解き放たれませんでした。



こんな事を言うと亡き養父母には悪いとは思いますが余り
良き思い出はありませんでした。


まぁ私の性格は明るく勝気でしたから
(そうでないと自分自身を維持出来なかったからでもあります)


私をイジメたら腕力も強く「倍返し」されると思われていました
ので決してメソメソはしておりませんでした。



そうです正義の味方
「ぽぽ仮面」でした。
確かにこのドラマ内容の
問題は...


関係者にとっては色々支障は
あるでしょうが・・・
現実に存在している事です


これを見た施設の子供が自傷行為を行ったと言う報道もありました。
この世は理不尽な事だらけです。


私はだから児童施設の問題の描き方には配慮をするのは
必要かとは思いますが・・・


メディアや関係者の突き上げで中身を綺麗事に
作り変える圧力には屈しないでほしいです。



でも確かに弱者の子供達への影響があるのならこの点は
「表現の自由を侵す」と言う事ではカタズケられないと思うのも
確かです。このドラマは踏み込む領域がデリケートすぎて


テレビ局や作者も踏み出した
ものの後戻りもできない
ジレンマに


陥って苦慮しているんだと
思います。しかし この様な


子達の存在や厳しい
現実があるのは確かです。


果たして触れないで置く事が
無難で正解なのか・・・
答えは出せません。



サスペンスドラマでも警察官が犯人だったり警察組織の問題を
ドロドロとあからさまに描写した物や・・・医学界の醜い話や・・・
政治家の不正や教育現場の物語もこの世のネタは尽きません。


これまでにも、ドラマの内容で警察当局や
政治家や医学界からもテレビ局に抗議の声は有ったんでしょうか?
どの分野でも懸命に職務を全うされている方が殆どです。


スポンサーも全社降りると言うのも前代未聞です。視聴者はそんな
に馬鹿ではありません。その時間帯を契約されている事はみんな
知っております。


ドラマの内容をスポンサーの責任とは考える人は少ないと思います。
それにしても複雑な思いです。別にテレビ局の肩を持った訳では
ありません。

 
このドラマ問題に「これはこうだ!」と
明確に正しい答えを出せない
私であるのも事実です。(T_T)/~~~ 



ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
御訪問ありがとうございました

ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ

2014/2/28/15:30(金)
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ああ!「渡月橋」 懐かしい十三参りの思い出


2013/09/19/01:45(木)


今回の台風18号に因る被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます。


今年の夏は観測史上最大とか最高とか言う言葉が何度使われた
ことでしょう。それに「特別警報」と言うものが新設されました。


これは50年に一度位起こる災害の恐れのある事に起用されるとか
しかし今年の様な猛暑や大雨が本当に50年に一度で
済むんでしょうか・・・


何かこの様な事が毎年起こっても珍しくなくなる様な気がして
成りません。私も大阪ですが比較的京都に近い地域です。


***********「普段の渡月橋」***********


この度の様な大雨・・・ザーザーと途切れなく強く降るのが
長時間続いたのはあまり記憶にありません。


降っている様子を窓から眺めていて
「これは 尋常な雨ではないね~」と主人に話しかけました。
「お父ちゃんこんなん記憶に有るか~?」と尋ねました。


主人も「無いなぁ~」と言います。幸い私の住んでいる地域では
標高26メートルだそうです。恐い川や溝等も有りません。


何と言っても嵐山の渡月橋 付近の惨状には驚きましたこんな映像
を見たのは初めてです。しばし唖然とテレビの画像に見入りました。



何度も行っている馴染みの場所ですし・・・それに渡月橋は私の
小学6年生の時に(昭和30年頃)十三参りをした場所ですから、


私の養父母も実母も祖母もみんな
京都人ですからそれは力が入って
おりました。


その頃は京都では七五三等は
メジャーでは有りません
でした。


勿論晴れ着の貸衣装なんて有りません。


養父母は「ここぞ」とばかりに私に
晴れ着を奮発して実母や祖母や叔父
や姉まで招いて


これ見よがしに 張り切っておりました。
子供心にもそれが良く分かっておりましたから何だか複雑でした。


京都の四条川原町の百貨店でこの日の為の晴れ着の反物を選び
ながら、実母や祖母を意識した養父母の会話が私にも
「バンバン」聞こえるんですから仕方がありませんね・・・


折角の奮発が台無しになる残念な養父母でした。
それにしても 私ったら可愛くありませんね。


そりゃ晴れ着を着せて貰う事は嬉しい事でした。
しかし常、日頃の在り様が子供には大切です。
この事だけでは帳消しには成りません。


小六なのに(おませ)で子供らしくありませんでした。


その日は渡月橋を渡って法輪寺にお参りします。御本尊の
虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)様に知恵を授けて頂くのです。


今はどうか知りませんが御参りした人は毛筆で自分の好きな
漢字を一字書いて奉納します。私は「行」と言う文字を奉納
しました。


いわゆる「GO」ですよ・・・子供の時から私らしいでしょ?


お参りが済んだら又渡って来た渡月橋を渡って帰ります。その時
橋を渡りきるまで何が有っても後ろを振り返ってはいけません。
折角頂いた知恵を返してしまうからです。



みんな は 面白がって後ろから「ぽぽちゃん」「ぽぽちゃん」と
呼びかけます。私は振り返ってなるものかと懸命に前を向いて
歩きます。


渡月橋は私の数少ない子供の時の華やかな思い出の場所でも
あります。何卒 早い復興を願っております。



ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
御訪問ありがとうございました

ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ

2013/09/19/01:45(木)
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諸外国に恥ずかしい投票率の改善にこんなの如何?


2013/07/23/01:40

予想通りの選挙結果でしたが皆様投票には行かれました
でしょうか?私は勿論行きましたよ…別段応援している
政党や候補者があるわけでも有りませんが


何か今回は選択するのが難しく思いました。
色々大切な案件があるのに選挙に行かずに
文句も言えません。


しかしどの党も私達年寄りに焦点を合わせて
くれている感じは致しません。



そりゃこの国には経済問題・TPP
消費税引き上げ・少子化問題


尖閣等の領土問題・原発問題等数え上げれば切りがない
程の案件が横たわっています。


そんな今、年寄りになんか構っていられるもんか…しかし
少しは福祉と年金と言う文言も入れて置かないと年寄り票も
集められないと言うところでしょうかね…



皆様ちょっと「70歳以上の年寄りは早く逝け」とキワードを
入れて検索してみて下さい。どれだけ酷い書き込みがあるか
目を覆うばかりです。



選挙前になると日頃お付き合いのないお方から電話が掛かって
来て候補者や党への投票をお願いされたり突然玄関の
インターホンを押して訪ねて来られたり等がありました。


私はその度必ずどの党のお方にも「はい、解りました。」と
言う事にしています。いちいち反論したり「私はその方には
投票出来ません。」等と言う必要もないでしょう?


勿論投票は自分の意思を 軽い?イヤ重い?1票に託しました。
しかし諸外国には恥ずかしい投票率です。これを少しは改善
出来る策はないのでしょうかね…



それとも投票率が上がると具合いが悪いのでしょうかね…


 


昔私の子供時代には夏になると町内会が定めた日に地域一斉に
各自宅の大掃除の行事がありました。私の18歳くらいまで
有った様に思います。


勿論お天気の良い日に行います。そうして 半強制です。
家中の家具や荷物を戸外に出し畳も外へ出して天日干しにする
のです。畳を2枚づつ向かい合わせに人の字の様に立て掛けて
2時間位干します。


畳を上げた後には前年度に敷き詰めた古新聞も取り除き所々床板
も外して外へ干します。床下にも風を通すのです。その時の
楽しみは1年前の新聞記事を読む事です。


そこまで作業が進むと丁度お昼頃になります。大掃除の昼食は
冷やし素麺をみんなで食べます。そうして井戸水で冷やした
西瓜を食べるのが楽しみでした。


その日は大仕事ですので知り合いの人が手伝いに来てくれたり
します。私はこの大掃除の行事は大変だったのですがなんか
楽しみでした。


干しあがった畳を近所が競ってパンパンと畳叩き棒で叩きました。
又 この日の為に用意した今年の新聞を敷き詰めその上にノミ取り
粉を撒いたり床下には石灰やDDT等を撒いた記憶があります。


各家々が大掃除が済む頃に町内会の役員さんが「大掃除済の証」
と書かれた札が配られてきました。大掃除が済んだ玄関先に
糊を付けて貼り付けました。


何時頃からかこの夏の風物詩は消えてしまいました。


大掃除と選挙とは全然関係ない事では有るのですが、何故か選挙
の投票率が悪いと言う話題がでる度に不思議にこの思い出が頭に
浮かんで来るのです。



選挙は行く行かないは個人の自由ですが…この大掃除は半強制
でした。考えて見るとこの大掃除より選挙の投票の方が大切な
意味があると思うのです。



何も「大掃除済の証」と言う様な物を発行する事はないのですが
折角 各家庭に選挙の入場券が送られて来るのですからその中に
簡単な選挙済みの証と言う様な物を人数分作って投票すれば



「ポン!」とスタンプ等を押して行政と地元の商店やスーパー
等とコラボして少額でもクーポン券等に使える様にすれば少しは
投票率が改善して地元の商業活動の活性化に繋がらないだろうか



等と馬鹿な素人考えを思い巡らせて見ました。その予算は
どこから出すんや…と どこかから怒鳴られる気もしますが…
まぁ、思い巡らせるのは無料ですからどうぞお許しを…



ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
御訪問ありがとうございました

ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ


2013/07/23/01:40
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あの好かん・タレントと同じお金を掛けたら「負けまへんでぇ?」


2013/07/16/0:55

皆様ご無沙汰しています。お変わり御座いませんでしょうか…
大阪の私の住む地域は2日連続のゲリラ豪雨で雷鳴とどろき滝の
様な雨が降りました。


最近の夕立は私の子供の時の
夕立とは一味違う様な気がします。


夕立と言うよりスコール?


でもワタクシ本物のスコールは
体験した事が無いのにこれは
無責任な表現ですね。



話題はガラッと変わりますが、先日私の嫌いなタイプでかなり
年配の何でも自分は心得ているかのような上から目線の


タレント?イヤ辛口コメンテーター?がクローズアップで
テレビ画面に写し出されました。確か私より歳上です。

(その人どれだけ年寄りやねん!妖怪と違うか?)

けれど見た目はワタクシめとは大違いで御座います。


あちら様は今も美貌を誇っておられます。確か以前映像で見た
時はウ~ンこの人も歳には勝てないな~と思う時期がありました。


あにはからんや

見事に修復されておりました。
さぞかしお金もかかった事でしょう。




マタマタ場面は変わりますが
私の小学3年生の頃 近所に評判の綺麗な3姉妹がおられました。
ある日私はそのお宅の近くで友達と遊んでおりました。


そこの3姉妹の内の2人が2階の窓に腰掛けて笑いながら話して
いました。2階の窓には安全用の手すりは有りませんでした。


私達子供は何も気にする事なく遊んでおりました。暫くすると
突然 ドスーン と大きな物音がしました。私達は驚きました。
一番上のお姉さんが2階の窓から落ちたんです。


そのお宅は何故か2階の窓から下の地面までヒサシ等も無く
ストレートでした。現在の様なお洒落な住宅ではありません。

もう、近所は大騒ぎです。「さよちゃんが2階から落ちた~
大怪我しているから医者へ運ばんとアカン…誰か戸板を持って
来てぇ~」と蜂の巣をつついたような騒ぎでした。


綺麗なお姉さんはもう、それは血まみれになっておりました。
歳は20歳位だったと思います。私達子供は血まみれのお姉さん
が戸板に寝かされて運ばれる姿を見て大ショックでした。


今からもう60年位まえの事ですから近所に電話も救急車も
有りませんでした。勿論、怪我をした人を運ぶ担架等も有りません。


しかし近所の人情だけはたっぷりとありました。その日
ご両親はお留守でした。今もお姉さんの名前を覚えています。


大人達は戸板(木製で納戸用のシッカリした建具の戸の事)に
怪我をしたお姉さんを乗せて代る代る交代しながら市内の
外科医院まで約2キロの道のりを走って運んだそうです。



あの綺麗なお姉さんの顔には
クッキリと15㎝位の大きな
縫い目のある傷痕が残りました。


運悪く落ちた所に割れた
ガラス瓶が有ったそうです。


もう、お年頃の娘さんだった
ので近所の人達はみんな残念がって


口々に同情の言葉がひそやかに囁かれておりました。まだその頃
の縫合手術の技術では見るも無残な物でした。結局お姉さんは
結婚しない侭だったそうです。


今の時代だったらそんな事にはならなかったと思います。
こんなアンチエージングの整形や触らなくても充分綺麗な人の


整形手術の話題が出る度にこの事件の事を今も
度々思い出す事があります。



今も御存命だったらもう、かなりのお歳だろうと思います。
その後の消息は知る事は出来ませんが・・・近年の形成医学の恩恵を
受けられてあの無惨な傷痕が改善されて居る事を願うばかりです。


そうして女性として少しでも幸せな人生で有ってほしいなぁ~と
遥か昔の出来事や近隣住民の暖かさに思いを馳せました。



私は年甲斐もなく己が姿を鏡に映して気に入らない部分やパーツを
つくづく見ながら ほっぺを引き上げたりお腹を引っ込ませたり・・・


おめめを大きく見開いて「今更 まぁ、良いかっ!」と
最後に自分で「ぷっ」と吹き出してしまいました。


(補足…目は充分デカイので修正の必要は無いと思っております)

  オババの可愛いおめめ ですのよ… ( ,,>з<)ブプップッ…


孫に見られたら何と致しましょうかね…(#^^#)





ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
御訪問ありがとうございました

ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ

2013/07/16/0:55

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「細かい・ケチ!」とそしられた哀しき「富豪」の結末


2013/03/09/17:50(土)

私の子供の時から知っていた代々続く燃料屋さんが
ありました。重厚な建物のお店でした。


そこの御夫婦にはお子さんは有りませんでした。
奥さんはイワユル家付き娘さんで御主人は婿養子さんでした。


そこのお店は母娘と
婿養子さんとで
切り盛りされていました。


有る年 大きな
台風がヤッテ
来ました。


猛烈な暴風雨でした。
その暴風雨の最中・・・


私は実際見た訳ではありませんがそのお店の 母娘はリヤカー
を引いて風で飛んできたトタン板や木材や色々な物を拾い集めて
いたとモッパラの評判になりました。


「なんと危険な事を・・・なんとセコイ事を・・・」と


大人達は「そうまでして金儲けしたいのか・・・」と嘲笑の的でした。
時代は変わって商売の方は廃業されました。もちろん大金持ち
でした。しかし「あそこは 細かいし ケチや」と


言う評判は消えませんでした。廃業してから 別の土地に倉付きの
重厚な昔ながらの建築様式で住まいを新築されました。


「あんなに立派な家を建てて跡継ぎもいないのにどう するんや」
と大人達は言っていました。



そうして店の跡地には
かなり大きなマンション
を建設しました。


その内 私は結婚して
商売をしました。


そうして何年か
経った頃


私の店からかなり離れたお得意様へ注文の料理を配達しました。
そのお得意様の言われるには「お宅 あそこの家知っているやろ?」
私「はい、良く知っています。」


「ウチはあそこの遠縁になるんや~今度ウチの息子があそこへ
養子に入るんや~」


私 びっくりして「へえ~それはスゴイですやん~」と言いました。


「あんまり言うから仕方なく引受たんや~」言われました。
ほどなく養子になったお得意さんの息子さんに


お嫁さんが来ました。世間で良く言う「入り婿・入り嫁」です。
やがて 何年も経たない内に 元々の家の主達は 全員旅立ちました。


何と言う事でしょう。世間の非難を浴びてまで作った財は何だった
んでしょう。自分達の生きている時は贅沢もしないで結局


遠縁の人に引継いで・・・あの倉付きの家は間もなく壊されました。
壊すにはマダマダ新しい家でした。



今は 今時の
オシャレな豪邸に
立て替えられて
います。


庭の植木も今時の
物に変わりました。


桜の季節が終わる頃にはオシャレな塀越しに花ミズキが覗きます。


これ又 オシャレな門扉のそばには美しい花のハンキングが
オブジェの様に配置されています。今も残るマンションは満室
で・・・財を産み続けています。


無い者のヒガミなのか、いくら財を成してもアチラの世界へは
持って行く事は出来ないんです。作った財産はこの世でパーット
使ってしまいましょう。


でも 私 今 パーット使う財産がないのでゴザイマス(+_+)

「ウン!これで良し・これで良~し」
・・・・・終わりっ!



ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
御訪問ありがとうございました

ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ

2013/03/09/17:50(土)

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プロフィール

ぽぽ

Author:ぽぽ
❅❆❄❅❆❄❅❆❄
1943年生れの
 戦争遺児の私です。

満4歳で京都から母の
従姉妹夫婦の養女に出さ
れ大阪の子になりました。
子供の時からマケジ魂で
  生きて来ました。

41年間 寿司と仕出しの店を
営業・調理士もしていました
2010年に卒業致しました。

2012年12月31日まで
たんぽぽ娘と名乗っていま
したが「綿毛たんぽぽ」になる
時期が来ました2013年より
新しい芽吹きを目指します。 

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