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楽しそうな歌でも字幕スーパーがないと歌詞が解らない今どきの歌


 
 私達の時代に流れていた歌は目を閉じて聞いていても
歌詞がはっきりと聞き取れ何度か聞いている内に自然と
覚えられたものです。

 
 のど自慢の審査員も歌詞が誰にでも聞き取れるように口を
しっかりと開けてはっきりと歌って下さいと言っていました。
ほんとはるか昔の話です。


 まぁー今どきの若者の歌う歌はテレビ等では字幕スーパーが
ないと本当に解りません。勿論日本語です。23歳の男の孫に
尋ねて見ました。


 
 「あんた等が聞いている歌の
歌詞は早い歌でも歌詞は聞き
取れているの?」と


聞いたら「うん、わかるで~」と
言います


 「くそ~年寄りやからわからへんのか~」
大体今、歌われている歌はふつ~~~に
メロディーが流れて歌が始まるのですが


突然5・6文字の歌詞が2秒くらに縮められて表現されると
もうお手上げです。



 オババはそんな歌聴かなくていいんじゃないかと言われると
返す言葉が見つからないんですが自然と耳に入ってくる事も
あるのです。よ~く耳を澄まして聴いても部分的に解っても


 やはり解らないところが多いんです。今の歌は歌詞より
フィリーングの方を重きに置いているんでしょかね~


 音楽は好きなほうなのでフィーリングやリズムや曲の感じは
受け入れられる歌もたくさんあります。只、歌詞が分かりにくい
のは残念・・・


 これは私の勝手な持論ですが世の中に流れている音楽が
優しく美しい曲が溢れている世の中は落ち着いた良い世の中
になるんだ・・・と言う想いがあるのです。


 若者の歌う歌がどうか優しく美しい曲でオババにも歌詞が
聞き取れる曲が溢れたらどんなに良いんでしょうか・・・



ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
御訪問ありがとうございました

ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ


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歳をとってもオシャレを忘れず精一杯女性として生きましょう。




私は何年か前に京阪電車の伏見駅からのられた80歳を
過ぎた美しい老婦人を見てその気品と美しさに見とれたと言う


記事をUPした記憶があります。
マダ若かった私は


「よし、私が歳を取っても
この方の様に歳相応
自分なりの美しさを
目指そう」


と心に決めたものであります。


とは言え最近はその理想もだんだんと危うくなっている
現実は致し方ないな~と身をもって感じます。
私の理想とした、そこはかとなくにじみでる美しさは


内面を磨かなければでませんよねぇ・・・
「うわー ! 私にはそんなんできませんわ~」


まぁ、心掛けとしては歳を取っても薄化粧を施し身なりを
自分なりに整えるくらいの事でしょうか



あんまり、頑張りすぎはそこはかとなくとはかけ離れてしまいます。
でも、いつもよく声をかけてくれるイケメンの若いお兄ちゃんに
「きたないババア」と思われたくないなぁ~とはおもいます。


やはり、この歳になると異性の人より同性の目が気になります。
同性は良く見ています。「髪染めたん?」「カットしたん?」と
聞きます。


同性からでも「きれいになってるよ~」言われると悪い気は
しません。私も気が付いたらできるだけ良い所は言葉に出して
ステキやね~とか言う様に心掛けております。


諦めずに若い心を持ち続けよう
と改めて思いました。


生きてるかぎり「青春」です。
ワクワクする事を
探しづづけます。



因みに我家では私が出掛ける時はメイクや髪型を古亭主に
強制的にチエックさせます。


「どないや・・・化粧は濃すぎへんか?
口紅は赤すぎへんか・・・?」と聞きます。


必ず彼は見るでも見ないでもなく「いいんじゃないの~」と
薄笑いを浮かべて言います。


「じゃ、行ってくるわ~」これがパターンです。
ホント考えたら気の毒なことです。


勿論うちの亭主の事です。


ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
御訪問ありがとうございました

ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ




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人生の宝物50年以上付き合いの続く親友自慢


 
人間生きていると紆余曲折を経る事はさけられないものであります。
この人だけはと信頼した人にでも信じられない裏切りにあったり、


幻滅をかんじたりするものです。それが世間の常と言うもでもあります。
しかしいまだに50年以上付き合いが続く我が親友は大きな変化もなく
延々とお互いが頼りにし合っております。


お互い適度な距離はづーっと暗黙の内に出来上がっております。



我家から車で5・6分の距離に彼女の店はあります。
まぁ家族ぐるみの付き合いとでも言いましょうか・・・しかし主体は
私と彼女の付き合いが中心です。


お互い同い年で娘時代の同僚です。彼女の夫も同じ会社の同僚
でした。ですからなんでも知り尽くしている間柄です。



彼女の今の悩みは足が痛く歩行にも
支障があります。と言うのは約90kg
以上の体重の持ち主なのです。


娘時代は50kgなかったとおもいます。
そんなに沢山食べる人ではありません。
なぜなんでしょう?・・・


娘時代は私よりも細くてウエストもキュッと締まっておりました。
きっと彼女の肥満は遺伝性のものではないかと私は思っております
彼女のお母さんはやはり同じ体型でした。


彼女は街の電器屋さんを営んでおります。御主人と息子さん二人で
外まわりの仕事や工事や商品納入を受け持っています。
彼女はこの時代商売の方は「大変だ大変だ」と口癖の様にいっています。



でも大儲けはしていなくても仕事は切れ目なく有る様にみえます。
勿論、御主人親子が頑張っているのもありますが、
私は彼女の力が大きいと思っております。


何といっても彼女は物惜しみしない性格なんです。私が行くと人からの
頂きものであれ自分が多めに買った品物があったら「あんたこれ半分
持って帰り・・・」と言うのです。


「そんな事したらアンタとこの分無くなるからええわ・・・」
と言うと「何言うてるのん持って帰り」と言って無理やりでも
持ってかえらせます。それも見栄えのいい方をです。


それは私だけにではありません。誰彼無しというわけではありませんが
日頃お世話になっている人やご近所さんやお得意様などです。
それが押しつけがましくなくごくごく自然な感じなんです。



自分が自由に動き回れる体ではないのでいつも卑下している感じ
です。それを聞く度



「アンタなに言うてるのん
アンタが店にデンとおるから
男の人二人安心して仕事に

出られるんやないのアンタは
福を呼ぶ招き猫ないの、
おおきな顔しとき・・・」



と言って励まします。「そうやな~アンタがそう言うてくれるからそう
思っとくわ・・・」と笑います。元々なんでも手早くする人でしたから


御台所は椅子に腰かけて手早く料理もこなします。
孫や子供達や人をよんではもてなします。


ほんとにでかいスーパー母ちゃんです。



仏教の教えで布施の心と言う教えがあるそうです。きっと
彼女の物惜しみしない性格でたくさんの人に施しをする姿を
見てこの難しい時代彼女の店を守っていてくださるのでは
ないかと思っています。


私は彼女の巨体からくる病気や怪我が一番心配なんです。
気をつけていつまでも御付き合いお願い致します。



ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
御訪問ありがとうございました

ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ


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高級フランス料理のエスカルゴは蛋白源不足の代用品だったんですって?



 
 私はそんなにフランス料理となれしたしんでないのでエスカルゴ
料理が手が出ない程お高い料理なのかどうかはよくしりません。


 過去に何かの時に1度や2度は食べたような記憶があります。
よくよく思い出してみるとデンデン虫の殻の入り口に青い色を
したバターで封じ込めてあったような記憶があります。


 さぁ、美味しかったかどうかなんて覚えておりません。
最近は養殖されているそうですが、


ちょっと昔日本でもに大きめの
カタツムリを食用にしょうと


養殖したもののあまり売れずに
爆発的に繁殖して


養殖場以外にも被害を与えてかなり話題になったのを覚えています。
その後どうなったんでしょうね・・・


 
 なんでそんな話になったのかと言うと梅雨も近づきそろそろ
でんでん虫が出てくる頃やな~と言う話になりました。
それが切っ掛けです。しょうもないでしょう?


本物のエスカルゴはフランスのブドウ畑
に住んでいるそうです。庭園などにいるカタツムリは使わなかた
そうです。ブルゴーニュ地方やシャンパーニュ地方のエスカルゴ


は肉厚で殻が薄くみじん切りにしたパセリを加えぶどう酒で
煮込んだものを昔のパリジャンは愛好したとか・・・
今の料理方法と少し違うような感じがします。



 セーヌ川にちいさな中の島があるそうです。そこに住んでいた
先住民がパリシーとよばれたそうです。フランスのパリと言う
名前がついたのはここから来たと言う事だそうです。


 先住民の時代は魚も獣も取れない時のやむをえずたべる
代用食だったそうです。先住民って何時頃だろうと思って
ちょっとググリました。何と西暦508年にパリシー族に


ちなんでパリと言う名前の街ができたそうです。
エスカルゴ
から話は太古の昔へと飛んで行ってしまいました。
ノロノロ動くカタツムリの話でしたのに・・・


タイムスリップにも程があります。
おそまつでした・・・・(T_T)/~~~



ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
御訪問ありがとうございました

ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ



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大阪おばちゃんの経済・経営学無視の不況の原因と百貨店の不振論



 本日書く事は経済学や経営学を全く無視した無学な大阪の
おばちゃんの勝手な見解でございますのでよろしくお目こぼし
頂きます様お願い申し上げます。

 今から15年~25年位前の百貨店の贈答品売り場は受付を
してもらうのにそこそこ順番を待った記憶がありました。
それはそれは活気がありました。


手早く美しく商品を包装する華麗な技術・・・見とれました。


 それも中元やお歳暮の時期から外れて居た時でもでした。
特設会場でもなく贈答品に使えそうな商品のある売り場は
どの店舗も活気にあふれていました。

 冠婚葬祭の「贈り物」や又それの
「お返し」「入学」「出産」「入院見舞い」
「快気祝い」ETC


 
それがどれもこれも希薄になりました。それはそれで私達庶民には
助かる事もあります。しかし、まわり回って長年の間には全体の経済
には影響は有ったのでは・・・と無学なおばちゃんは思うのです。


 平成になって間もなく我家の長女を嫁にやった時は荷出しと言って
大型トラックに嫁入り道具を飾り立てトラックに満載してそのトラックの
台数を競い合った物でした。


 それから程なく8歳下の次女の嫁入りの時はすでにそんな
習慣はほとんどすたれておりました。嫁入り道具は直接新居に


配達してもらう形でしたその頃になると新居には作り付けの
家具がありましたからかさばる家具は殆ど不必要でした。



 幾多の贈答品の簡素化
を思うといったい幾種類の
事業主が影響を受けられ
た事でしょう。


げんざいでも中元やお歳暮の売れ残りのばらしバーゲン
商品の多さには驚きます。


 聞くところによりますと、それにはそれなりのウラばなしが
あるとか、ちらりと耳にしました。


 又、現在の葬儀は大阪では殆どお香典は本人の遺言で遠慮
申し上げます。と言うのが殆どです。それに家族葬とか密葬
で規模が小さくなる傾向です。


 香典をもらうと御香典返しの手間が大変なのでこれを省く為に
始まったそうです。本当にこの手間は大変な作業でした。
私も養父母の時に実感しました。


 私個人としては結構な傾向だな~と本当は思っています。
しかし全国規模で考えて見ると大変な金額になるだろうな・・・
とおもうのです。


 お葬式の簡素化や法要の簡素化でお寺さんも立ち行かない所も
ある様です。今の時代本当に考えてしまいます。
でも元に戻って欲しいかと言うとちょっと考えられません。


 結局消費者(自分達)がこの流れに乗った結果がこの
不景気ではないのでは・・・と複雑な心境です。
これではお金も回らんわな~


 
 イヤ、アベノミクスとやらでもう不景気ではない!
と のたまうお方もおありかもしれませんが、私は実感できません
ので不景気なのだと言います。


まぁ一部の人達はその恩恵でウハウハしている人もあるそうです。


 要するに時代が変わったんだと言う言葉でかたずける
しかないんでしょうね・・・見当はずれかもしれません。


ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
御訪問ありがとうございました

ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ

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プロフィール

ぽぽ

Author:ぽぽ
❅❆❄❅❆❄❅❆❄
1943年生れの
 戦争遺児の私です。

満4歳で京都から母の
従姉妹夫婦の養女に出さ
れ大阪の子になりました。
子供の時からマケジ魂で
  生きて来ました。

41年間 寿司と仕出しの店を
営業・調理士もしていました
2010年に卒業致しました。

2012年12月31日まで
たんぽぽ娘と名乗っていま
したが「綿毛たんぽぽ」になる
時期が来ました2013年より
新しい芽吹きを目指します。 

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